9/06/2014

Early years education

幼児、少年期の教育がいかにあるべきかなどと論じる才覚も資格も毛頭
持たぬが、感じていることを小声でひとつ申し上げておきたい。

1年という単位での年齢別による能力やその試験結果を重要視するとい
う手段は、教育システムを作れと誰かに指示されれば、僕もそうするで
あろう。しかしながらもう少々、いわゆる遅咲き、というものに寛容さ
を取り入れることは、不可能なのであろうか。

僕の敬愛する小説家、故遠藤周作氏、小学低学年まで、雨が降れば傘を
さして、育てているアサガオにいつもどおりに水を与え、秀才肌であっ
た兄上をウッと言わせたという持ちネタや、教会の玄関にウンチの入っ
た箱を置いたりして大いに外国人神父さんに叱られたり、ティーンエー
ジャーになっても数理は全くチンプンカンプン、数学の証明問題の答案
に、”われもそう思う、全くそのとおり”、などは氏のエッセイにしば
しば登場し、おおいに微笑ませてくれる。

氏はその後、フランスへ留学する。20代後半だと思う。無論その頃に
は文学というものを真摯に見つめておられたのであろうが、帰国されて
ほんの2、3年後、”白い人”で芥川賞。この小説は重いものだが、3
0代前半の作品。氏の文学者としての開花は当時としては決して遅咲き
ではないかもしれぬが、雨の日にアサガオに水を与えていた少年の周り
のオトナ達は、20年後に、仏文学を勉強し、さらに自らが創作者となり、
その後何十万人、何百万人もの読者に、何らかの読後感を確実に残し、
死後もその業績をたたえる読者達が海外を含めて絶えぬような偉大な小
説家になるかもしれぬと、誰が予想できたであろうか。

映画畑から小説家に還暦を越えてから、転身・専念されて方もおられ、
この方の文体が相当好きだ。文学のことのみではあらず、僕が運よく接
する機会のあったビジネスの成功者、またはこれからどうしても成功す
るだろうなと、思わせる方々の幼少時代の話をお聞きすると、なかなか
興味深いことが多々ある。即ち、成績は同級生に比較して必ずしもよろ
しく無かったり、そのようなことと、まったく無関係なあたりのことに
熱中されていた、または特になにも疑問を持たずに遊び呆けの幼少時代
を過ごしていた方たちが少なくない。

それ、わがむすこ・むすめよ、たしざん、ひきざんができなくても、まっ
たくひかんするひつようはなく、はしのあげおろしが今はきちんとでき
なくてもかまわないんだ。ハタチになるころには、だまっていても左様
なことはマスターしていること確実であり、それは親の責任であって、
ゆっくりやるからまかせておけ。そんなことよりも、たくさんの肌の色
のちがう友達をつくって、彼らや彼らの家族、自分の家族たちとのたわ
むれのなかで、なにかおもしろいと感じたものがあったときに、その夜
おふとんに入ってから、明日はどうやって今日と違った攻めをして、ま
たは防御してやろうか、と懸命に知恵を働かせているうちに、すやすや
と寝に入ってくれれば十分だ。明日も元気に遊んでくれ。

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