6/24/2008

Objective

何かしらの問題を解決せしめる際には、その本質を正確に捉え、自己
の主力を本質に集中し取り組むのが上策かと思う。このことにより、
派生する多くの小問題が一気に解決することもある。
日本の省庁オフィスを訪ねたことも無く、その仕事場の雰囲気も全く
知る由も無いが、タクシー接待問題の本質は、官僚のモラル云々とは
別のところにあると思う。24時間営業のジーンズショップの必要性
がどこにあるのか分からぬと思っていたが、官僚の皆さんが、連日の
ように夜中の1時を過ぎまで仕事をせねばならない組織の仕組みも同
様に僕には分からぬ。官僚の皆さんは知的能力が高く、であるからこ
そ、国家レベルの大変重要な仕事を進められている。そんな大事な仕
事をしている官僚の皆さんが、15時間を超える長時間の頭脳労働を
連日続けることに危険を感じる。無論、有事の際には、徹夜が何日続
いてでも、やらねばならない仕事はあるだろう。国会は有事のことで
は無い。睡眠不足や本人も気づいておらぬ精神的な病から、誤った判
断を導き出すことは無いだろうかと心配になる。
タクシー接待問題は民主党の議員が調査を求めたそうだが、なぜ官僚
の皆さんが深夜・朝方にタクシーに乗る必要があるのかという本質に
は触れていない。政権を取ったあかつきには、議員と官僚の関係・構
造を改革し、官僚の実質勤務時間をこれだけ短縮し、その結果タクシー
チケットは全廃する、などというようなクリアーなメッセージは聞こ
えるべくもない。そのオブジェクティブは、あら捜しというと言葉が
過ぎようが、現在のところ、問題の本質とは随分かけ離れたところに
あるのではないか。とは言え、よき一石を投じたと言えよう。これに
より、もし本質が議論され始めれば、会社組織であれば、社長が直接
取り組むべき大きな仕事となろう。官僚組織では誰が取り組むべきな
のか知らぬ。首相か大臣か誰か知らぬが、後進国でもありえぬような
悪文化は、誰かが変革を訴え、改善すべきである。いまどきの若者に、
長時間勤務はウケない。ウケない組織に若い優秀な頭脳は集まらない。
などと、書生のようなことをつらつら考えていたところ、橋下知事、
初の団交出席 - 職員「私たち悪いことした?」 というニュースの
見出しが目にとまった。改革とは、変化とは、かくも人の嫌うところ
かな。

6/15/2008

Excuse

本Blogの読者の皆さんから、コメントやメールを頂戴することがある。
こんな駄文を読んでいただいているのだなあと、とても嬉しい。この
場をかりて、改めてお礼申し上げます。
最近頂戴したものに、同居人という表現は配偶者に対して失礼千万、
100発位殴られるのではないか、とのご意見を頂戴した。まことに
仰る通り。同居人はもとより、親御さんに知れたら1000発位殴ら
れるのではないかと、ひそかに危惧していたのは事実である。
妻、家内、ワイフ、カミサン、とまあ、男が配偶者を表わす単語は人
により様々である。関西の人はヨメと言うケースが多い。僕は昨年、
新郎が仲人と間違われるような結婚式を東京で行い、晴れて家族持ち
となった。本Blogでは、社長5年生というお題があり、家族の話は避
けようと心がけていたが、まあ、そう力む必要も無いか、とも思い始
めた。僕の近頃の仕事は、物を考え、それを文章やシステムという手
段で表すことにあり、そのことに関しては気合が入る。すなわち、本
Blogで配偶者をどう表現すべきか、思い悩むことになるが、その答え
は既に決まっていた。同居人。
僕は函館生まれの、がさつな男であり、ヨメはん、ヨメとはまずまず
書けない。妻というのはなんだか鼻持ちならぬような気がする。家内
というのはどうも偉そうに感じてしまう。配偶者というのはよそよそ
しすぎる。カミサン、カアチャンあたりが、良いと思うのだが、文体
によってはそぐわない。
というようなことを、100倍上手に、かつ弁解がましくなく表現さ
れているのが、五木寛之氏であり、氏のエッセイでは同居人という単
語を貫かれている。僕に文章の感性が多少でもあるとすれば、それが
氏に共感し、猿真似したものなのであります。
そして、赤ん坊が生まれた。またまた思い悩むことになった。これに
関する氏の表現は全く記憶になく、エッセイ本もどこぞへいってしま
い見つからない。考えた挙句、ミニ同居人となった。これは、なにか
可愛い感があり、かつ同居人との一体感も表現できて、我ながら秀作
ではないかと思うが、如何であろうか。
以上、ミニが大きくなって、いつか僕の Blog を読むことがあったと
きに、父ちゃんを100発殴りたくならないよう、この場をお借りし
て下手な弁解をしておこう。

Akihabara Attack

2週間の出張があって、ロンドンに戻ってみると、我がフラットの庭
の緑が濃くなり、咲く花が一段と綺麗になっていた。一番変わってい
たのはミニ同居人で、表情がちっと男らしくなり、動きがやんちゃに
なっていた。2週間というのは、短いようで長いのだなあと思う。
本社オフィスは御茶ノ水から5分、インターネットで探してみると、
秋葉原に最近できたホテルがあり、ここをベースとした。宣伝どおり
確かに多少部屋は広い。とはいえ、やはり狭い。東京のホテルは安く
狭い。もっとも高級ホテルは広いのだろうが、その中間が無い。この
狭さに2週間ぶっ続けで宿泊するのは辛いので、週末を実家のある函
館で過ごすことにした。
前日の金曜夜は本社スタッフの若い皆さんと酒を飲みにいった。みな
意見を持っており、それを伝える意思も強く、なんだか嬉しくなって
飲みすぎてしまった。最後は朦朧、タクシーで降りたはずが、ホテル
がどこなのかわからなくなり、20分ほど真夜中の秋葉原駅周辺を千
鳥足で散策をしてしまった。午前2時位だったと思う。翌日起床した
ら、飛行機が離陸する30分前だった。あっはっは、目覚ましかける
のを忘れていた。ま、休暇のことなので、是非も無し。次便に無事乗
れた。
実家のテレビのニュースで秋葉原で事件が起きたことを知った。恐る
べし、相手にしてくれない世の中、という社会を対象として、無差別
殺傷をプロット、実行に移した。その過程を携帯電話からWebサイト
にアップロードしていたというから驚く。数ヶ月前にも同様な事件が
茨城で発生した。
実家の家族には羽田行きの最終便で戻ると伝えておいた。たっぷりと
函館の海産物などを楽しみ、酒を楽しみ、会話を楽しみ、最後は熱い
温泉で体を清め、東京に戻る時刻となった。最終確認と思ってチケッ
トを見ると、飛行機が離陸する10分前だった。またか?唖然としつ
つ、調べてみると、函館人にとって羽田行きの最終便というのは、J
ALの7時40分が該当するということが判明した。うーん。僕が何
の疑いも持たずに言った最終便は、日に4便飛んでいるANAの最終
便のことで、これが6時55分である。そもそも函館にJAL便があ
ることなぞ忘れていた。是非も無し。とりあえず空港に向かったら、
そのJAL便に空席があった。僕は幸運な奴だなあ、とまた思うと同
時に、僕の馬鹿さ加減は歳と共に増加の一途であり、もう一人では何
もできないなあとも思う。
秋葉原に着いたのは夜10時過ぎだったが、街では何事もなかったよ
うに、ペアがいちゃつき酔っ払いがふらふら歩いていた。僕もコンビ
ニでカップヌードルとビールを買い、翌週の作戦を練りながら、狭い
ベッドにもぐりこんだ。まどろんでいると、東京勤務時代に夢中にな
っていたロックバンドの、”東京シティーは風だらけ”という曲が頭
の中で聞こえ始めた。20年前の当時も社会は風だらけだったのだろ
が、若者達はしなやかさを備えていたように思う。被害者とその家族
の悲嘆を思う。合掌。

5/24/2008

Formal Logic 2

吉田のBLOGは堅いぞ、とのご指摘を頂戴することが多い。普段ボケて
いるので、僕を見知らぬ読者の皆さんに多少でもカッコつけてみたい
、という田舎者の願望がモロに出ているのかもしれない。そういう反
省を含めて今回は柔らかい話にしよう。ついでに文体も変えてみよう
かいな。
最近、形式論理学のあまりの厳格さに慄き、悔し紛れに身近な命題で
遊ぶ事を覚えたのは、前回のBLOGで書いた通りです。それ、
ロンドンの地下鉄の正常稼働率は高い
ロンドンの地下鉄の正常稼働率は高くない
これはロンドン近辺に住む人や、旅行時に苦労したであれば、色即是
空の日本人とて、積極的に排中律の原則に従い、後者が真であり、前
者が偽であり、その中間は存在しないことに、ウンウン、とうなずい
てくれると思います。
そこで、地下鉄で尿意をもよおしたらどうするかという問題が発生し
ます。地下鉄に乗り込む前であれば、自宅で済ますなり、去る際にパ
ブで済ますなり、大きな問題とはなりません。しかし、乗りこんだ後
の地下鉄が、その後、正常に運転しなくなることがあります。信号系
統の故障が良い例ですが、これはいつ起こってもおかしくないのが現
状です。
信号系統故障の特徴として、のろのろ運転ではあるが、前に進むケー
スが多い。これに対する解決法は、ためらわず次の駅で降りることで
しょう。この際、地下鉄運賃の高額なことは涙をのんで忘れるしかあ
りません。降りなかったために大きな後悔をするよりは、降りたほう
がよろしい。しかし、もう一つ命題があります。それ、
ロンドンには公衆トイレが十分ある
ロンドンには公衆トイレが十分ない
こちらも、後者が真であることに異をはさむ方は、まずいないと思い
ます。しかし、焦ることはありません。以下は女性にも適用可能な解
決法です。
駅を出たら、まず近辺にパブが見えるでしょう。トイレはまず地下か
1st Floor にありますので、直行します。パブによっては、公の場で
あるという良識の希薄な、セコいパブもあり、 'Customer only' な
どと店員に言われることもあるでしょう。この際も、こやつのセコさに
議論を吹っかけたりする時間は惜しみ、とりあえずカウンターで見せ
金しつつビールをオーダーし、断ってからトイレに急ぎましょう。そ
の後、きちんと金を払い、勝利のビールを飲んでから再び地下鉄にの
るかどうかは、個人の良識次第。パブ以外には、マクドナルドなどの
ファーストフード・レストランも、強力な助っ人となります。
しかし、これで解決できないこともあります。それは、乗り込んだ地
下鉄が、途中でウンともスンとも前に進まず、それが駅と駅の間であ
り、ひたすら待つしかない状態である時に、じわじわと、もしくは意
外な程、急激に尿意が高まる状態です。これは悲惨であります。解決
法は、ただ一つだけあり、死んだ気になって我慢する事でございます
。尿意にも2種類あり、所謂、大の場合と小の場合でございます。前
者の方が我慢が利きにくい、という特徴を持っていますが、前者は、
更に2種類に詳細分類されます。所謂、固いほうと、柔らかい・・・
僕はここにおいて、襟を正し、人の名誉と尊厳について考えざるを得
ず、おのずと文体も堅くならざるを得ない。前者の場合であり、かつ
詳細分類が後者である状況と、地下鉄がウンともすんとも動かないと
いう、極度の不運かつ絶望的な状況に置かれ、死ぬ気になっても、ど
うしても解決せしめることが出来なかった悲惨さを思ふてみよ。詳細
な予想描写は差し控えるが、当事者、周りの乗客。地下鉄はウンとも
すんとも動かない。赤子は激しく泣く。真夏のセントラル・ラインの
車内は40度近い。日本ではまずありえない事故だが、ロンドンであ
りえないとは言えない。幸い僕はこれまでにそうした惨状を目撃した
ことは無い。ちょっと危険な状況になったことはあったが、自分が最
終的当事者になったことも無い。しかし、過去にそうした現場に出く
わしていたなら、その後の僕の人生は、もう少し哲学的なものになっ
ていたかもしれぬ。ウーン、柔らかいのは怖い。

5/19/2008

Formal Logic

お客様は神様である (AはBである)
お客様は神様ではない (AはBではない)
最近読んだ数学の本が面白かった。上の例は、基本を確か中学校で習
ったはずである。僕の場合は、パチンコやバイク等の余暇に、もう少
々難しい背理法などを習い、その後すんなりと情報処理学に進んだ。
仕事人になってからは、さらにデジタル回路設計やソフトウェア開発
を通じて、いやがおうにも true か false しかとりえな世界で仕事
もした。
この2つの命題は、論理的に共に成立することができない。共に成立
しないこともできない。できない論理は議論の対象になりえず、その
場でポイされる。数学や西洋哲学の世界では、論理は絶対であり厳格
である。
日本人が、論理性を重んじる人達(欧米人が代表格)と一緒に仕事や
交渉を行う際、論理性に関するベースの違いが、しばしば問題となっ
て現れる。
いったい、何を言っているのか、よく分からないと言われる。Yes/No
がどうしてはっきり言えないのか。または、言ったあとで、どういう
論理で後で翻すのか。これを、聖徳太子の時代まで遡り、日本人の思
考ベースにあるものを懇々と説明しても、徒労に近い作業となるであ
ろう。なぜなら、我々は資本主義社会の中で仕事や交渉を行っている
のであり、それは厳格な論理性に基づいてのみ成り立つ社会だからで
ある。そのような社会で、色即是空などと言い出だしても、残念なが
らポイっと捨てられる。中学で習った数学を思い出し、論理的な説明
と行動に努めるしかオプションは無いだろう。
上の例は、矛盾律(the law of contradiction)という基本原則である
が、これに続くのが排中律(the low of excluded middles)という原
則である。
お客様は神様である
 または
お客様は神様ではない
以外にない、という原則である。即ち、「神様でもあり、同時に神様
でもない」とか、「お客様は神様と神様でないところの中間にある
」という曖昧さは、一瞬にしてポイっと捨てられるという、それはそ
れは峻厳な原則である。形式論理学とは、近代資本主義とは、ここま
で厳くせなあかんのかいな、とぼやきたくなる。まさに、是非も無し。
悔しまぎれに、身の回りで矛盾を感じていることを、形式論理学的に
吟味して遊んでいる。
同居人は権力者である。
同居人は権力者ではない。
家族や友人との社会、即ち契約の必要性が薄い社会では、排中律でポ
イっとするのは無理があろう、と思うのは日本人だけなのだろうか。

5/07/2008

Johnson Wins

ここ10年ほど、一つの腕時計を年中使っている。IWCの入門機だそ
うであり、そう高いものではなかったが、僕にはこの入門機が気に入っ
ている。いや、他に欲しいものを見つけられない、というのが2個目
をなかなか入手できない原因になっている。
骨細であり、手首も例外ではない。悔しいかな、直径の大きな腕時計
や、金属製のごついバンドは、全く似合わないことを認めざるを得な
い。これは腕時計コレクターになるには致命的な欠陥ではなかろうか。
直径が小さ目で、皮バンドのみ、という条件に合う腕時計となると、
女性用を除いては、選択肢があまり無い。同居人が、黒い文字盤だと
大きめでもなんとかなるという。しかし、更に汗かきである。どちら
かというと痩せ型なのだが、発汗はげしく、テニス仲間をしばしば驚
かす。汗と金属のコンビネーションはどうにも僕には耐えがたく、短
距離陸上選手が金のネックレスなどしているのが、不思議だと思って
しまう。結局、小さめ皮バンドに戻ってしまう。どなたか良いお勧め
がありましたら教えてくだされ。
時計を探しに行った訳ではないが、同居人に押されてビスター・ビレッ
ジというアウトレットに行かされた。バンクホリデーの最終日に、家
を11時に出たというのがそもそも間違いであった、というのが後で判
明した。近辺までは、M40モーターウェイもすいすいだったが、ラ
スト5マイルに1時間かかった。結局、所要時間2時間半。同居人は
母乳の影響か、腹が減ると、どうにもならぬらしい。ミニ同居人は、
飽きて泣き出す。やっと着いたが、レストランが満席で、長いキュー
が出来ている。この二人には地獄のキューであろう。機転を利かせて
入ったつもりの、アウトレットの外にあるレストランで、今度はオー
ダーからたっぷり1時間待たされた。結局、家を出てからショッピン
グらしきものを開始するまで5時間が経過していた。ショッピングに
2時間。帰りはわりと順調で1.5時間。ガソリン代が数十ポンド。
僕にはどう考えても、さっぱりわからぬ。家に戻って、腕時計を見て、
結局9時間がかりのショッピングだったなあ、と言うと、そんな時間
なんて気にしないのっ、と言う。わからぬが、やらねばならぬ事なの
であろう。是非も無し。
連休明けの翌朝、いつものように East Putney で地下鉄に乗った。
信号系の故障で遅れが出ている、と通知版に書いているが、割とあっ
さりと電車が来たので乗り込んだ。4つ先の駅に到達するまで40分
かかった。そして、その駅でさらに停車状態が10分程経過した。ロ
ンドンに住む方は皆うなずいて頂けると思うが、こういうときの英国
人は、実に忍耐強く、乗客一人一人が立派な殿様に見えてくる。小者
の僕は耐え切れなくなって電車を降り、次の乗換駅である Earls 
Court へ徒歩で移動した。他の地下鉄線を選んだものの、時計を見る
と既に9時前のラッシュアワーだ。来る電車全て満席で降りる人も少
なく、なかなか乗れない。3台目になんとか乗り込むが、次の乗換駅
でも同じことを繰り返さねばならなかった。
ようやくの思いでオフィスについて腕時計を見ると、家からの所要時
間2時間弱。ロンドン恐るべし。先週、みごと当選した新ロンドン市
知事のジョンソンさんに申したし、時は金なり。週明け朝の地下鉄の
遅れは、その一週間の士気をおとしめ、市の経済的損失たるや莫大な
ものでござる。なにとぞ地下鉄の信号システムを根本的に見直し、改
良して下され。

4/27/2008

Marathon

巷では聖火リレー茶番劇が騒がしいが、知人が今年もロンドンマラソ
ンを完走した。ご存知の方も多いと思うが、ロンドンマラソンは大き
なチャリティー・イベントでもある。彼女は、これまで何度もこれに
挑戦し、完走し、さまざまな募金を行われている。その高尚な数時間
を死ぬ思いで駆け抜けられている頃、僕はある行事に参加し、ワイン
片手に、赤ら顔でぶらぶらとケント州の公園を散歩していた。なんた
る違い。
”えらい”、という日本語のニュアンスは、英語に翻訳しにくいと、
どこぞの本に書かれていたが、確かにそうかもしれない。彼女は正に、
えらい。これまでにも挑戦をやめようと思ったこともあるかもしれな
いし、いつかはストップせねばならない難行である。それを数度も続
けたというのは、文句なしにえらい。きっと、なにかしらの抗いので
きない使命感を覚える人なのではないだろうか。これはえらい。
えらい、の別のニュアンスに、偉くなった、課長になった、社長にな
った、というのがある。偉い人の接待は疲れる、などと使われる場合、
その地位が主な対象なのであり、個人の知力・人徳などは対象の外に
ある。偉くなった、なぜなったか、と考えたときに、なにかしらの抗
いのできないご指名があって、たまたま自分がその役割を一時的に演
じていると思えば、地位に固執することもなく、地位を利用した不正
を思いつくことも無く、指名されたとおりの仕事をきちんと進められ
るであろう。duty という単語は日本語になりにくいなあと感じてい
るが、まさに dutyを果す、ということである。僕は稲盛さんの本を
あまり読まぬが、このあたりは全く同感、えらいなあと思う。
普段あまり意識したことは無いが、社長業なんぞは、なんの得も無い
なあとは感じてきた。チャリティーとまでは言わぬが、たまたま当社
を創ってしばらく社長業を営むというのは、神か仏か知らぬが、何ら
かに与えられた自分の役割なのだろう、と思えば、昇給が少ないと訴
えてくる社員への対応や、首を申し渡す時の辛い沙汰も、いたって冷
静に対処が・・・できていないのが情けない。やはり僕はワイン片手
にぶらぶらしながら、これは辛かっただの、これはすごかっただの、
一喜一憂の俗な毎日を、これからもマラソンする事になるのであろう。
是非も無し。

4/12/2008

6 x 200 = 1,200

おてんと様は下界の人間の期待とは独立して活動しており、夏時間と
なろうが、折角のイースター4連休であろうが、雨を降らしたければ
そうするし、4月になろうとも容赦なく雪を降らす。今年は特に文句
のひとつも言いたくなるような天気が続いているが是非も無し。UKで
最もよい気候と言われる5,6月が昨年のような悲惨なことにならな
ければ良いと思うが。
政治の世界も人間の期待とは独立して活動しているのではないかと、
再認識せざるを得ないことが世界のあちこちで散発する。近頃やり切
れない気持ちになるのは、瀕死の銀行に対する、官による救済である。
中小企業の経営者は、少なくとも従業員に給与を支払い続けるべく、
知恵を絞り、こつこつと小さな金を、懸命にやりくりして営業してい
る。税率が変われば更に工夫をかさね、legislationが変われば仕組
みを変え、情報漏洩と聞けばそれなりの対策する。そして経営が失敗
したら一巻の終わり。誰もが是非も無し、と思うだけで、危ないとき
には銀行も誰も傘を貸さない。現代の資本主義社会でのビジネスとは、
こうした厳さが必ず伴う。
当社の売上げは、昨年度、円でいうと約6億円だった。社員30名と
その家族が生活できる数字である。このまま営業を続ければ、200
年後には1,200億円となる。無論、僕が三途の川を渡ってから百
数十年を経過した頃であろう。こうした大金を3年の間に、利益では
なく、損失として作ってきた経営者というのは、逆の経営結果を出せ
うる人たちなのかもしれないが、今回の賭けは負けと出た。ビジネス
には多かれ少なかれリスクが伴うが、当時の都議会はリスクの方を選
択したのであり、まさに是非も無し。
そして、再生計画に全く説得性の無い破綻銀行に1、200億円の税
金の注入が、数度の会議を経て議決されたという。子供達の間でさえ、
広場や砂場で遊ぶとき、負けたビー玉は返ってこない。ズルをすると、
友たちにズルーイと言われる。ズルをしないまでも、200年分のビー
玉を損失しちゃうような遊び方を避ける知恵は、どの子供でも持って
いる。銀行というのは非常に特殊なビジネスのようで、これまでにも
国が救済するということが何度も行われてきた。その度に、中小企業
のオヤジたちは、ビー玉ってえのは、本当は返ってこないんだよなあ、
との溜息を抑えられない。
プロを集めて作った銀行である。当然、その品質はどうあれ、なんら
かのリスク回避のコントロールが、複数存在したはずであるが、なぜ
ワークしなかったのだろうか。さらに日本には、金融庁という、外部
の強力なモニター機能が存在するが、なぜこうなるまでワークしなかっ
たのだろう。 1,200億というのは、金融庁にとっては小さすぎる数字
だったのだろうか。僕の理解の範囲を超える、もっと生々しい原因が
積み重なったのだろうか。
この零細企業に不正が起きないように、事故が起きないように、当社
のサービス品質がなるべく個人に因らないようにと、社員が懸命に稼
いできてくれた、なけなしの金を使わせて貰って、コンサルタントを
雇い、基本術を教えて貰い、毎日コツコツと当店に合ったシステムを
考える。中小企業の経営者達はそのような努力を毎日続け、インパク
ト度でいえば、100万円程度の事故をいかに防ぐか工夫しているの
だ。1,200億注入、はあ~。

3/23/2008

Tennis

当社の社員の3名がその翌朝土曜日、 Argos へ走ったという。その
前知識を仕入れ、僕も Amazon へインターネット上で走りオーダーし
た。ずっと気にはなっていたのだ。あれだけ巧みなTV宣伝をしばしば
見せられて、多少でもおもちゃ好きなオヤジなら、気にならぬわけが
ない。しかし1分を惜しむ毎日が昨年から続き、なんの手当てもでき
ずにいた。
その日は当社の新人歓迎会にて、シティーのパブで飲み始めた。ちと
ポッシュなパブであったが、それが置いてあって自由に遊べるのであ
った。今思えばこれを設置したフロア長は大したものだ。他の客がぎ
ゃあぎゃあ遊んでいるのを見ながらその凄さに呆れてしまった。いっ
たいなんなんだこのシステムは。加速度センサーというかジャイロと
いうか、昔は高価で巨大だったものが、こんな小さなコントローラー
に収まるようになったからなのだろうか。そしてそれを安価に提供で
きるまでに開発してしまう、かつ少年のように面白さを徹底的に追う
素敵なオヤジ達が集まっている組織に脱帽である。
カラオケマイクを話さないオヤジもいるが、僕はギネスを片手に、そ
の後たっぷり1時間、汗をびっしょりとかきながら、テニス、ゴルフ、
野球、ボクシングと、大忙しに遊び、WIIコントローラを離さないオ
ヤジと化していた。遊びたかったけど社長がコントローラーを離して
くれなくて遊べなかったスタッフの皆さん、ごめんね。今度ぜひ我が
家に来てください、一緒に遊ぼうよ。
Amazonから届いた箱を開けて3日後、イースターホリデーとあいまっ
て、僕のWIIスポーツのテニス腕前は600点を超えたぞ。既に相当
汗をかかないとコンピューター相手のゲームは勝てなくなっている。
ハード・ソフト共、芸細かく、バランス良く、感心の連続である。長
い道のりだと思うが、現在300点を越した同居人とともにWIIテニ
スプロの道をいつか究めたいと思う。
満足度120%の購買だった。一家の愛犬になりたいというのが開発
陣の根底に流れているのではあるまいか。どうにも見習わねばなる
まい。

3/12/2008

Agility

我が庵はPutneyの東側に所在している。地下鉄駅まで徒歩3分とい
う場所だが、リスやら鳩やらが我が物顔に徘徊しているあたりがU
Kらしい。
Putneyという街は日本人もそこそこ多いのであるが、どうも社会的
認知度が低いらしく、同居人は友人に、パ゚ディントン駅から何時
間かかるの?と聞かれることも少なくないらしい。それは結構ショッ
クではある。
ここはZone-2なのである。東京でいえば、世田谷区の東の端あたり
であろうか。住めば都というが、僕はかれこれ12年このあたりを
うろちょろしており、なかなかよい街だとますます思いが強くなっ
ている。パディントンからは30分弱で着く街なので、皆さんお立
ち寄り下さいな。
Putneyはテニスで有名なWimbledonの隣町とも言える。そしてすぐ
西にはHeathrow Airportが鎮座している。僕が12年前にPutneyを
選んだのはHeathrow空港に近いというのも一つの要因であったよう
に思う。その後Warterloo駅からパリやブラッセルまでEurostarが
通じたのは大きな幸せでもあったが、昨年この名誉はKings Cross
に譲られてた。おおいに残念に思っている。
いつか書いたが自宅は禁煙となった。従って煙草を吸うときはフラッ
トの周りを徘徊しながら吸うことになる。表で吸っていると人の通
りが多く、大体はgarageへ通じる裏口で吸うことになる。これも以
前書いたが、僕の場合、煙草を吸っている数分間というのは、実に
考えが集中し、まとまる時間でもある。同時に、なにも考えずにリ
ラックスできる時間でもありえる。そんなときは空をぼんやり眺め
る。
裏で煙草をぼんやり吸っていると、上空を通過する飛行機の多いこ
とにいやおう無しに気が付く。PutneyはHeathrow Airportへ着陸す
る飛行機の最終通過地点でもあり、2,3分おきにひっきりなしに
その上空を通過する。
飛行機が飛んでいる姿は美しいとぼんやり思う。767とか777とか、
340だとか、それぞれに美しい。ぼ~っとみていて美しい。面白いの
は、でかい、747等の飛行機は我が庵上空を通過する際、既にスピー
ドが相当落ちている。それに比べて737のような小型は、いまだ元気
にスピードを維持しながらヒースロー空港にアプローチする。これ
だなあと思う。小さい奴らは小回りが利いて元気がいいのだ。